[映画] 戦場でワルツを Vals Im Bashir Waltz with Bashir (2008年)

2007年のイスラエル映画 『ボーフォート -レバノンからの撤退』とこの映画を併せて見ると、複雑なレバノン戦争の内情がよりよく理解できるだろう。『戦場でワルツを』はレバノン戦争の始まり、『ボーフォート -レバノンからの撤退』は2000年のイスラエルのレバノンからの最終撤退を描いている。

1982年、イスラエル軍は、隣国レバノンに攻め入った。その戦略的な意図は、レバノン内にある大規模なパレスチナ難民キャンプが反イスラエルのテロリストたちの隠れ場所になっているので、そのテロリストたちを根絶するためであった。またレバノンでは、キリスト教徒ファランヘ党がシリアの支援を受けていたイスラム勢力と対立していたが、イスラエルはそのファランヘ党のカリスマ的指導者バシールを擁して、親イスラエル政権をレバノンに設立することも意図していた。しかしそのバシールはレバノンの大統領選に当選したものの、直後に暗殺されてしまう。ファランヘ党は、この暗殺はパレスチナ・ゲリラの仕業とみなし、サブラ・シャティーラの難民キャンプでのパレスチナ人の大虐殺を実行する。イスラエルは長い間その虐殺の首謀者として世界の非難を浴びていたが、この映画はそれに対して新しい視点を当てている。

この映画の主人公であり監督でもあるアリ・フォルマンは当時19歳。イスラエル軍としてこのレバノン侵攻に従軍していた筈だが、時の記憶がまったくないと気付くところから、映画は始まる。当時行動を共にしていた何人かの戦友や上官、虐殺直後の現場を報道したジャーナリストなどにインタビューすることにより、記憶は次第に戻って来るが、自分は現場で見たあまりの恐怖で記憶を失ったことがわかってくる。

アリ・フォルマン監督は自分のメッセージを非常に率直に端的に表現している。曖昧でどっちつかずで、聴衆の映画のメッセージの受け止め方は人によって異なるということになるのを全力で防ごうとしているかのようだ。この映画には彼の「これだけはどうしても伝えて、わかってもらいたい。」という熱い情熱というか使命感がある。

メッセージの第一は、イスラエルのバシールを擁したレバノンへの内政干渉は間違いだったということである。この映画の原題は『バシールと踊るワルツ』である。ワルツはダンスの一種だが、『下心を持って誰かと結託する』という隠れた意味を持って使われることもある。イスラエルとしては、バシールによる親イスラエル国家を確立することで、イスラエルの平和を守ろうと意図したのだろうが、この内政干渉の失敗は、その後30年に渡る世界の対イスラエル不信感を生み、それはイスラエルにとって大きな負債となった。

メッセージの第二は、殆どのイスラエルの兵士たちはサブラ・シャティーラの虐殺には加担しておらず、何が起こったのかも知らなかったことだ。これを、『イスラエル人の自己弁護だ』と一概に非難できるだろうか。芸術家として自分が知っている真実を世に知らせないのなら、レバノン戦争で死んだ人々の死、それがパレスチナの難民であっても、若きイスラエルの兵士であっても、彼らの死は犬死になるのである。アリ・フォルマン監督はどちらが正義だとは語っていない。彼は映画の中で、イスラエルのコマンダーは何が起こったかを知っていたが、敏速にそれを止めようという行為に出なかったということも告発しているのである。彼の本当の意図は、過去に何が起こったのか正しく知り、理解することから正しい未来が始まるということなのだ。

メッセージの第三は、心からの反戦思想である。監督は19歳の時徴兵されてレバノンに送られた。周囲にたくさんの戦友がおり、タンクの中で守られていると確信し、美しい国レバノン、魅力的な都ベイルートに行けることにわくわくしていた。しかしその『ワクワク』感は戦争が始まった瞬間に打ち砕かれてしまう。それでも若者のロマンティシズムはまだ消えず、ここで死んだら自分を振った恋人に「どうだ、おまえが捨てた男は可愛そうに戦死したんだ」と復讐できるのだ、とさえ思う。そんな若者の感情がどんなに馬鹿げていたのか、という苦々しい監督の心が伝わってくる。

第四のメッセージは、第三のメッセージと関連しているが、他国へ侵略するのがいかに愚かで勝ち目のないことかということだ。監督は命からがらでレバノンから逃げ帰るのだが、故国イスラエルでは自分が死にかけたし、大勢の難民が殺戮されたのに、同年代の戦争に行かなかった若者は、ロック音楽に酔い、酒場で踊り、人生を楽しんでおり、「戦争?それって何?」という感じなのである。それは、ベトナムや、イラクや、アフガニスタンで地獄を見て帰国したアメリカ兵やソ連兵が感じる、どうしようもない疎外感と失望感と同じである。人々は他国が自国に攻め込んで来たら、全力で抵抗する。しかし、自国が他国で何をしているかは殆どわからなく、共感することも難しいのだ、たとえどんなに強力な軍隊が疲弊した他国に侵略しても、やはり他国に入って行くのは恐怖であるし、誰からの支持も得られない。結局それは絶対に勝てぬ戦いなのだ。

この映画はアニメーション・ドキュメンタリーである。この主題を描くには選択肢のない選択のメソッドだと思う。現情勢ではレバノンでのロケを敢行するのは不可能であろうし、30年前のベイルートを再現するのも無理であろう。破壊前のベイルートは美しい、誰でもがすぐわかる有名な観光都市であり、どこかで再現しても、それが嘘であるということはすぐにわかってしまう。しかしアニメーションでよかった。実際に起こったことはあまりにも恐ろしいからである。また美しい音楽が宝石のように、大切な場所に効果的に散りばめられている。

English→

One thought on “[映画] 戦場でワルツを Vals Im Bashir Waltz with Bashir (2008年)

  1. Pingback: [映画]  キャラメル Caramel (2007年) | 人と映画のタペストリー

Leave a Reply

Your email address will not be published. Required fields are marked *