[映画] パラダイス・ナウ Paradise Now (2005年)

パラダイス・ナウは2005年のフランス・ドイツ・オランダ・パレスチナ合作映画で、自爆テロに向かう二人のパレスチナ人青年を中心に、パレスチナ人の視点からパレスチナ問題を描く。監督のハニ・アブ・アサドは、イスラエルのナザレで生まれ、19歳のときにオランダに移住したパレスチナ人である。

この映画は、自爆テロに向かう若者は怪物でも何でもなく普通の若者であるというスタンスに立っており、その任務を与えられた二人の若者サイードとハーレドは、パレスチナの西岸での希望のない生活の中で、テロをすることにより、パラダイスに行けると信じテロ活動に参加する。ハーレドはどんな仕事についてもクビになってしまう負け組みで、自爆テロで死ぬことが自分を英雄にする唯一の道だと思っている。彼の親友のサイードは頭もよく、女の子にももてるが、父が親イスラエル派であったが故に 『裏切り者』として同胞のパレスチナ人に処刑された過去を持つので、家族の汚名を除くために、自分は英雄として死ななければならないと思っている。

パレスチナ紛争は、第一次世界大戦時に自国の有利を図ろうとした英国の『三枚舌外交』に由来しているだろう。一枚目の舌として、英国は敵国オスマントルコ帝国に対抗するため、トルコの統治下にあったアラブ人たちに対して、オスマン帝国への武装蜂起の交換条件として、1915年にこの地域の独立を認めるフサイン=マクマホン協定を交わした。二枚目の舌として、英国はユダヤ人豪商ロスチャイルド家からの戦争資金援助を得るため、外相バルフォアを通じ1917年ユダヤ人国家の建設を支持する書簡をだし、ロスチャイルド家からの資金援助を得ることに成功した。三枚目の舌として、英国はサイクス=ピコ協定により、大戦後の中東地域の分割を同じ連合国であったフランス、ロシアとの間でも秘密裏に協議していた。結局、第一次世界大戦でアラブ軍・ユダヤ軍は共にイギリス軍の一員としてオスマン帝国と対決し、現在のヨルダンを含むパレスチナはイギリスの委任統治領となった。

第二次世界大戦後、英国は政情不安に揺るぐパレスチナの地を諦め、国際連合にこの問題の仲介を委ねた。1947年11月29日の国連総会では、パレスチナの56.5%の土地をユダヤ国家、43.5%の土地をアラブ国家とし、エルサレムを国際管理とするという国連決議181号パレスチナ分割決議が、賛成33・反対13・棄権10で可決された。しかし、1948年2月アラブ連盟加盟国は、カイロでイスラエル建国の阻止を決議し、この地でのユダヤ人とアラブ人の対立が深刻となった。。1948年5月に英国のパレスチナ委任統治が終了すると同時にユダヤ人は、国連決議181号を根拠に、5月14日に独立宣言し国家としてのイスラエルが誕生した。同時にアラブ連盟5カ国 (エジプト・トランスヨルダン・シリア・レバノン・イラク) の大部隊が独立阻止を目指してパレスチナに進攻し、第一次中東戦争が起こった。勝利が予想されたアラブ側は内部分裂によって実力を発揮できず、イスラエルは人口の1%が戦死するという激烈な攻防戦を展開して勝利するをおさめ、パレスチナの地に住んでいた70~80万人のアラブ人などが難民となった。現代に至るまで、何回かの中東戦争を含め、この地には数多くの紛争が起こっている。

1964年には、イスラエル支配下にあるパレスチナを解放することを目的としたパレスチナ解放機構(PLO)が結成された。1993年に結ばれたPLO とイスラエル間のオスロ合意により、パレスチナ自治政府が設立された。自治政府はヨルダンとイスラエルの間に存在するヨルダン川西岸地区と、エジプトよりのシナイ半島の北東部のガザ地区に分かれている。

この映画の舞台となったのは、ヨルダン川西岸地区である。この地域が将来どうなっていくかは予断を許さないが、現時点ではヨルダン川西岸地区は、パレスチナ自治政府が行政権、警察権共に実権を握る地区と、パレスチナ自治政府が行政権、イスラエル軍が警察権の実権を握る地区と、イスラエル軍が行政権、軍事権共に実権を握る地区の3地域に分かれている。特に第三の地域では、パレスチナ人の日常生活は大幅に制限されており、家屋・学校などの建築、井戸掘り、道路敷設など全てイスラエル軍の許可が必要となる。いずれの地域でもイスラエルが容易にパレスチナ人の交通を封鎖できるようになっている。

ハニ・アブ・アサド監督がパレスチナ人としてパレスチナ人の立場を尊重するスタンスを取っているのは明らかであるが、この映画は政治的なプロパガンダではない。彼の映画の撮り方は非常に慎重で、ユーモラスな場面も入れ、聴衆に西岸地区地区の素顔を知ってもらうということが彼の目的であるように思われる。彼の考えに一番近いのは、主人公のサイードが淡い恋心を描くスーハかもしれない。彼女は独立運動の英雄の娘で、パリに生まれ、モロッコで育ち、西岸地区に戻ってきた。彼女は暴力的な闘争に反対し、復讐の心を捨て非暴力的な人権運動によりパレスチナ地区の平和を実現させようと説くがその心はサイードには届かない。

映画の冒頭で、西岸地区に戻ってきたスーハの荷物を、チェックポイントでイスラエルの若い兵士が威嚇的にチェックするシーンが描かれる。しかし、映画の最後でサイードが自爆するバスに乗っているのは同じく若いイスラエルの兵士たちであるが、彼らは笑顔の美しい青年たちで、バスの中で皆優しそうに笑っている。彼らは本当に美しい青年たちである。しかし、この青年たちが次ぎの瞬間にはサイードと共に死んでいかなければならないのだ。ここにも、どちらが善悪かというプロパガンダではなく、できるだけ偏見なくパレスチナの素顔を知ってほしいという監督の思いが伝わってくる。

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