[映画] アメリカ帝国の滅亡  The decline of the American Empire (1986年)

『アメリカ帝国の滅亡』とは大仰なタイトルであるが、これはこの映画監督のドゥニ・アルカンが歴史を専攻し、ローマ帝国などの歴史に詳しいので、自分の主張を歴史的な表現に託したからであろう。この題が何を意味するかは、映画をぱらっと観ただけでは明らかではない。極端に言えば、この映画を一回観ただけではこの映画が何を言いたいのかわかりにくい。もし映画の意図がわからなければ、観た人はイラつくだろう。事実、そういう鑑賞後の感想もいくつか読んだ。

ドミニクはケベックの大学の 歴史学科の学部長であり、最近著書を出版し、現代(80年代)に顕著な個人的レベルの幸福を追求しようとする動きは、国家が衰退するのに比例して起こっているという学説を提唱した。彼女の学部のティーチング・アシスタント(日本でいえば非常勤講師のような立場)のダイアンは放送局のアルバイトで彼女のインタビュー番組の司会者を務めている。彼女はその幸福の追求の具体例として、知識階級の自由奔放な生活態度、従来の性道徳からの開放、結婚しない女性の増加などを挙げた。彼女は勿論独身、ダイアンは女の子を連れて離婚している。

ドミニク率いる歴史学科の教官たちはメンバーの1人の家にディナーを楽しむために集まった。教授のレミ、ピエール、クロードと大学院生のアランは男性軍、女性軍はドミニクとダイアンに加えて学部生のダニエールとレミの妻のルイーズだ。インテリであるレミ、ピエール、クロード、ドミニクとダイアンはああでもない、こうでもないという大口の議論をしている。レミはルイーズと結婚しているが、浮気の限りを尽くしている。ピエールは結婚していたが、自由がほしくて離婚し、今はダニエールと付き合っている。クロードはゲイである。ダイアンが他の4人が順調にキャリアを伸ばしているのに、自分は離婚や子育てに時間を潰して大したキャリアを持っていないのを嘆くと、ルイーズは子供を持ったということが一番の人生の成功だと慰める。ルイーズは調子に乗って、子供を持たないドミニクやピエールやクロードはキャリアで成功していても、何か大切なものが欠けていると言い出し、その3人特にドミニクをいらいらさせる。

ディナーもたけなわになり、メンバーはドミニクのインタビューの続きを聴く。彼女はマルクス・レーニン主義が崩壊した後、人々を導く原理はなく、原理を失った社会は崩れていくのみだと続ける。すると、インテリの声高い議論に参加していなかったルイーズが無邪気に「どうして生きている今が悪いと言えるの。案外私たちは科学が発達した素晴らしい、新しい時代に生きているのかもよ」と堂々と反論をした。ドミニクはそれを自分の学問に対する侮蔑と、キャリアを優先して寂しい人生を送っているという自分の個人攻撃と受け取って、自分はルイーズの夫のレミともピエールとも関係があったということを暴露してしまう。おまけにレミが、上司である自分のような知的で権力のある女性と関係を持つのに興奮したという残酷なおまけ付で。ルイーズはダイアンも夫のレミと2年間の関係があったということを知ってショックを受けてしまう。

この映画の99.9%は会話で、その95%は各々の性生活の冒険の自慢話であるので、映画のフォーカスがそちらに行きがちだが、この映画のフォーカスはちょっと違うところにあるような気がする。一言でいえば、それまでの価値観が崩れた人間の迷いである。その価値観とは何かというと、ケベックの社会で大きな影響力を持っていたカトリック教会である。もう一つは50年代60年代の青年たちを魅了したマルクス・レーニン主義である。歴史を専攻した者にとってマルクス主義は大きな光だったと思う。それが80年代になって崩れてしまったのだ。その結果が80年代に蔓延する個人レベルでの幸福の追求や自己愛、例えば結婚よりも自由恋愛を選び、家族や子供は自分の自由を奪う厄介な存在だという傾向になるとドミニクは説いている。またそう言った開放感が異人種間の男女の接触やゲイに対する容認という80年代の新しい文化を作り出したのかもしれない。

このアイディアは1986年の時点では非常に新鮮だったらしく、この映画は高い評価を得る。しかし監督のドゥニ・アルカンは時代と共に成長しているらしく、17年後にこのテーマの続編『みなさん、さようなら』を作っている。その映画に関してはまた別の記事で語ってみようと思う。

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