[映画] ボーダー・カフェ Café Transit Border Cafe (2005年)

レイハンは夫とイラン北部のトルコとの国境近くで、国境を越えるトラック運転手相手のカフェ(食堂)を営んでいた。夫が亡くなると、義兄のナセルは、女性が未亡人になると夫の兄弟と結婚するというこの地域の風習に従い、レイハンに自分の家に移るように申し述べる。 レイハンはナセルが準備した家に移ることを拒否し、夫とやっていたカフェの使用人のウージャンと共にカフェを再開することにした。レイハンのカフェは、国境を行き交う外国人トラッカーの間でその食事のおいしさで人気となり、外国ナンバーのトラックが列をなすほど大繁盛となった。

ギリシャ人ドライバーのザカリオとレイハンの心の交流や、レイハンがロシアの内戦で家族を殺されたロシア娘スヴェータをかくまう等のストーリもあるが、結局ナセルは女性が働くことは家名を汚すという怖れからカフェの閉鎖を法的手段に訴えた。またザカリオはナセルが送った男に暴力を振るわれて怪我を負ってしまう。この映画はレイハンのカフェが閉鎖されたところで終わり、その後の彼女がどうなったのかはわからないが、彼女がナセルの下に身を寄せたのではないし、ザカリオの愛を受け入れたのでもないことは確かである。映画の最後でナセルが悲しそうに「なぜレイハンは自分を嫌ったのか?彼女を守ってあげたかったのに」という感じで呟くが、それはレイハンの末路が決してナセルが望んだものではなかったということを暗示している。

アカデミー賞外国語映画部門は、毎年一カ国につき一本のみ、その国の政府機関から推薦された作品がノミネーションの対象になる。たとえば日本では、経済産業省の傘下にある社団法人日本映画製作者連盟が日本代表作品を決定する。イラン宗教革命後のイランの政情を考慮すると、イランでよくこれだけの社会映画を作る自由が与えられて、尚且つ政府の推薦を受けてアカデミー賞の外国語映画部門に出品されたものだと感心せざるをえなかった。

しかし注意深くみてみると、この映画は政治批評ではない。よそから見るとすべての問題はその国の政府が悪いという感覚で見勝ちであるが、この映画の根本にあるものは、因習と闘う自立心の強い女の葛藤と経済的自立の難しさである。政府としてはそういう問題を提起してくれたこの映画を禁止する理由はどこにもないのかもしれない。特にこの風習はその地独特のものだと描かれているから、そこにイランの政府を汚すものはない。要するに、映画がイランの政府を批判せず、知らされてはいけない情報を描かない限りは、こういう映画を作ることは可能なのだろう。ナセルは決してレイハンを残酷に扱っているわけではなく、善意で良かれと思ってレイハンの面倒をみようとしているだけで、彼はなぜレイハンが自分の善意を受け取ってくれないのか、理解できない。映画資金調達に関しては、イランという、非常に興味深く高い文化を誇るこの国の実情を描く映画を作ることに喜んで出資する会社はたくさんあるだろう。事実この映画はイラン・フランスの合作である。

もう一つこの映画で見逃してならないのは『難民』の問題である。ロシアからの難民の少女を自分の懐に受け入れる時、レイハンは自分も難民だと述べている。彼女はどこから逃げて来たのだろうか。

イランには79年の旧ソ連のアフガン侵攻から湾岸戦争、イラク戦争に至る長い混乱で、東西の隣国から、最大時450万人もの難民が流入したという。その大部分はアフガン難民であるがイラク難民もいる。アフガン難民はその住んでいた地域によりそれぞれパキスタンとイランに逃げたが、イラン内のアフガン難民の殆どはテヘランから南と東に落ち着いた。この映画の場所から推測すると、レイハンはイラクからの難民である可能性が強い。

ロシアの女性がどこから来たのかは明らかにされていないが、1991年にロシアから独立を果たしたタジキスタン共和国から、1992年から1997年にかけて発生した内戦を逃れて来た難民である可能性が強い。この国の人々はロシア語と共にペルシャ語に近い言語も話す。映画でレイハンはスヴェータの話す言葉はわからないが、カフェの使用人のウージャンはスヴェータの言葉がわかり、レイハンの通訳をつとめている。タジキスタン共和国では、タジク人がマジョリティであるがロシア人もいた。ロシア人は内戦により大部分が流出したといわれる。

カフェを訪れるドライバーはトルコ人(トルコは一応イランとは友好的である)、ハンガリー人(トルコにはハンガリーからの出稼ぎ者が多いようだ)とかギリシャ人(ギリシャはトルコの隣であり、文化も非常に近い)など色々で、彼らも自然にコミュニケートしている。島国で殆どが日本語しか話せない日本とは非常に異なった状況で、コミュニケーションを駆使して東西の接点の中で生きていくイラン人(或いはその周辺の民族)の逞しさを感じさせる映画だった。

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