[映画]  グッバイ、レーニン!  Good Bye, Lenin!(2003年)

東ドイツの首都東ベルリンに暮らす主人公のアレックスとその家族。母のクリスティアーネは夫のローベルトが西ドイツへ単独亡命して以来、その反動から熱烈に社会主義に傾倒してしまったという設定。1989年10月七日、東ドイツ建国40周年記念日にクリスティアーネは心臓発作を起こして倒れ、昏睡状態に陥る。彼女は二度と目覚めないと思われたが、8ヶ月後に病院で奇跡的に目を覚ます。しかし、その時にはすでにベルリンの壁は崩壊、東ドイツから社会主義体制は消え去り、東西統一も時間の問題となっていた。アレックスは、母を自宅に引き取ったが、「もう一度大きなショックを受ければ命の保障は無い」と医師から宣告されたため、周囲を巻き込んで、東ドイツの社会主義体制が何一つ変わっていないかのように必死の細工と演技を続ける。しかし、母の告白により、実の父は母を捨てて亡命したのではなく、クリスティアーネはローベルトが西側に逃げた後を追いかけるという約束を破って東ベルリンに留まり、父から来た手紙すらアレックスと姉には見せず隠していたことを知る。クリスティアーネはベルリンの壁の崩壊後3年行き続け、アレックスは自分がうまく現実を母から隠しおおせたと思っているが、実際はどうだったんでしょうね、という感じで幕が閉じる。

『グッバイ、レーニン! 』はコメディーであり、その底には風刺と機知がある。東ベルリンに住んでいる人間がベルリンの壁の崩壊の前は「それを得られるなら命を捨ててもいい」と思ったほど渇望していた自由も、壁の崩壊の崩壊後の経済混乱、失業、社会混乱、今まで誇りに思っていたものの喪失などを目の当りにすると、自由社会というのは思ったようなバラ色のものではなかったという苦い現実を感じてしまう。しかしそれよりもこの映画に深く流れているのは、自分が信じていたもの、信じさせられていたものは嘘だったいうことへの自覚である。それを悔やんだり、誰かを責めているというのではない。普通の市民は社会主義体制の中では与えられたプロパガンダを信じて生きていくだろうし、社会が急激に変わったら変わったなりに、一生懸命適応していくものだ。映画では、アレックスとその周囲の人々はの転換期をさらっとしたユーモアで描くのだが、母親にはやはり古い価値を信じたまま安らかに死んでほしいという思いもある。この映画がドイツで大ヒットをしたのも、価値観の急激な変化やそれに伴う混乱こそあれ、順調に民族統一を成し遂げたドイツ社会の安定というものが背後にあるのだろう。その時は苦しかったが、ドイツ人には、20年後の今、ユーモアで過去の混乱を振り返る余裕があるのだ。

急激な体制の変化を風刺と笑いで描こうと意図は価値のあるアプローチだと認めるとしても、残念なことに、この映画が素直に面白いのは前半だけで、長い映画の後半に入ると、同じ試みの繰り返しで話はだらだらと退屈になってくる。アレックスの善意の努力も見当はずれになり、「いつまでだまし続けるのか?正直に母に現実を告げなさい。」という恋人の批判も、「だまし続ける生活はストレスだらけだ」という姉の怒りもお構いなく、一日中偽造に奮闘するアレックスを見ていると、だんだん笑えなくなってくる。おまけに風刺の対称は何なのかがわからなくなってさえくる。「冷戦の終了は甘いものばかりではなかった」というセンチメントを表現したいのか、或いはへたをすればそれは「なんだ、社会主義の方がましだったじゃないか。東ドイツは米ソに次いで多くの金メダルをオリンピックで獲得していた偉大な国だったんだ。」というメッセージを受け取ってしまう人もいるかもしれない。

しかし、私たちは東ドイツのオリンピックの栄光の陰には、国家をあげての薬物の使用という事実があったことを忘れてはいけないだろう。それも、薬物はアスリートの同意なしに与えられていたのである。その一人として東ドイツの砲丸投げの一人者ハイジ・クレーガーがいる。彼女は自分がそうと知らないうちに継続して与えられたステロイドホルモンのために体を壊し競技生活を引退したが、今は性転換手術の後男性としてアンドレア・クレーガーという名前で生きている。彼は2004年のニューヨークタイムズのインタビューで「男性として暮らせる今の生活には満足しているが、自分の同意なく政府機関から薬物を与えられてこの状況に至ったというその過程には非常に怒りを感じる。」と述べている。

風刺の意図をどれだけ明確にするかというのは、コメディーを作る場合、高い技術を要求されると思うが、やはりもう少し姉や恋人のまっとうな意見に影響されるアレックスを見たかった。聴衆の中には、最後にはアレックスの行動に辟易する人が結構いるような気がする。その辟易とした時点で笑いも止まってしまうのだ。

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