[映画] Z (1969年)

ギリシャから亡命した世界的監督コスタ・ガブラス( ‎『ミッシング』)による監督、フランスの名優として誉高いジャック・ペランの製作、俳優としてシャンソン歌手(『枯葉』)として一世を風靡したイヴ・モンタン、そして『男と女』でフランスのトップ俳優となったジャン=ルイ・トランティニャンというこれ以上望めない陣営で作られた『Z』は1970年のアカデミー賞の最優秀映画賞と最優秀外国語映画賞の両方でノミネートされるという前代未聞の快挙をなしとげ、最終的には最優秀外国語映画賞を受賞した。40年経った今でも、映画のテクニックは全く古臭さを感じさせず、映画の主張も今日的な価値がある。

これはフランスとアルジェリアの合作映画であり、撮影はアルジェリアの首都のアルジェで行われている。映画の本当の舞台はどこであるかということに対しては堅く口が塞がれているが、これが1960年代のギリシャを舞台にしていることは明らかだろう。コスタ・ガブラス監督はその左翼的思想の故に故国を追われているし、映画にはギリシャのビールが頻繁に登場する。全篇に流れる音楽は美しいギリシャ音楽である。映画の最初の断り書きに『この映画で何か実際に起こったことを連想させる箇所があるとしたら、それは意図的であるとあらかじめお断りしておきます。』と言うのがでる。政治映画にありがちな『この物語は実際の事実とは関係ないということをあらかじめお断りしておきます』という弁解とは違うことが面白い。

物語は左翼の有力な政治家が演説の後に轢き逃げされるところから始まる。その事件の起訴を任命された予審判事は、これは単に酔っ払い運転手が間違ってその政治家を轢き逃げした過失致傷害だからそのように処理するようにと命令され、その理解のもとに仕事に着手したが、その直後にその政治家は死亡し、判事はより慎重に捜査を進めることにした。その過程で彼はその裏にある陰謀を発見し、同時に彼の捜査に対する妨害の手が上司から下りてくる。一方もう1人の主要人物であるジャーナリストが色々な手を使い、報道者として事件の真相に迫るという大筋である。この映画が成功し、今日でも古くなっていないのは、政治的な主張を声高くせず、判事として、報道者として正しい行為は何なのかというところにテーマを絞ったからであろう。

この映画は1963年に右翼によって暗殺されたギリシャの政治家グリゴリス・ランブラキスをモデルにしているといえる。ランブラキスは名門アテネ大学医学部で訓練された医師で、運動選手としても1936年から1959年に渡り走り幅跳びのギリシャ記録の保持者でもあった。ギリシャ、ユーゴスラヴィア、ブルガリア、ルーマニア、トルコとの近隣友好国の間で行われていたバルカン国際競技大会での優勝経験もある。第二次世界大戦中のナチス・ドイツ占領下のギリシャ国時代はレジスタンス運動にも参加した。彼は共産主義者ではなかったが、反戦・平和主義者としてベトナム反戦運動などに参加した。文武両道に優れた道徳心の高い政治家として国民からの人気も高かった。

1963年5月22日、テッサロニキで行なわれた反戦集会に来賓として出席した帰り道、ランブラキスは突如後ろから爆進してきたサイドカーに乗った男から棍棒で頭を殴打され負傷、5日後に、脳挫傷で死亡した。この事件は右派による犯行であることが明らかとなっている。どうして右派の犯行だということが明らかになったかというと、その事件をたまたま担当した捜査官フリストス・サルゼタキスが上司の捜査官長官のP. デラポタスの支持を得て、軍部や政府内の右翼勢力の圧迫にも負けず事実を公表して関係者を全員起訴したからである。しかし二人は軍部から憎まれ、1967年に起こった軍部クーデターのあと罷免される。特にサルゼタキスはクーデターの後投獄されてしまう。彼はギリシャの警察から拷問を受け、彼が起訴した犯人は放免されてしまう。サルゼタキスはのちに釈放されたが、それはギリシャ市民が彼の投獄に強い反対運動を起こしたからである。

1974年にギリシャの軍部独裁制が倒れたあと、サルゼタキスの名誉は回復され、その後も彼は法律家としてのキャリアを築き、1985年にはギリシャの大統領に選出された。彼は右派左派中道派で揺れるギリシャにおいてどの派にも属さず、全く政治的に中立だったので、混乱するギリシャをまとめる最善の人物だと国民が認めたのである。

サルゼタキスは政治的な弾圧にも負けずランブラキスの殺人罪で右派を起訴し、軍部にも弾圧されたことから、左派をふくめた国民から英雄視されているが、彼自身は自分にとって職務を果たすことが一番大切であり、ランブラキスの犯人の起訴は真実の追究の結果としての起訴に過ぎず、自分は左派でもないし、左派に有利なように起訴を行ったことは全くないということを常に明言していたという。

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