[映画] 日はまた昇る  The Sun Also Rises (1957年)

『日はまた昇る』という邦題は、「人生苦しいけれど、明日は素晴らしい日が待っているよ。」といった復活を期待するという意味に取られがちな日本語訳であるが、実際は第一次世界大戦後の何とも言えない気持ちの空白期に「あ~今日も飲んで、食べて、恋して終わった。何も新しいことはない。こんな自分に関係なく地球は回っていて、明日もまた何事もなく太陽が昇るんだな~」という変わらぬ日常生活に対するやるせなさを表している。

ヘミングウェーは第一次世界大戦で傷ついた肉体と精神をアメリカの田舎生活の中でなかなか理解してもらえず、自分の第二の故郷になったイタリアに移り住もうとするが、友人に「どうせヨーロッパに行くのなら、文化の中心のパリに行け」とアドバイスされ、駐在記者の仕事を見つけてパリに住む。そこには自分と同じように、大戦で何らかの傷を受け、人生を変えられてしまった若者たちがたくさんいた。「日はまた昇る」は、自分の投影である主人公が仲間たちとスペインのパンプローナへ闘牛とお祭を見物に行き、闘牛という競技の美しさに魅了されるという物語である。

正直いってこの映画は、闘牛シーンと牛を町の通りに雄牛を放すシーン以外は、全く映画としての魅力に欠けているのだが、やはり一番の問題は20代の迷える若者たちを演じる俳優たちが皆40代の役者であるということだろう。原作では主人公たちは、若くて、何となく失望していて、何をしたらいいかわからなくて、恋をするのが『フルタイム・ジョブ』(それだけが全て)であるような生活を送っている。それに対してそれを演じる俳優たちは、ハリウッドでも成功し、ポケットにもお金がたくさん詰まっており、撮影がおわったら家族や友達と一緒に楽しく食事でもしようという態度が顔もにありありと出ており、生活や将来に対する不安など何も感じられない。ホルモンに突き動かされて、衝動的に恋をしてしまう自分を止められない若者を演じている俳優に「いい年をして何バカなことやってるの」と言いたくなるような映画なのが残念である。

ヘミングウェーほどアメリカの良さを感じさせる作家はいないだろう。アメリカの原点である「正直さ、実直さ、勤勉さ」を象徴するイリノイ州の生まれ。イリノイ州出身の政治家はアブラハム・リンカーン、ヒラリー・クリントンそしてオバマ大統領であるといえば、イリノイ人の価値観がわかるだろう。ヘミングウェーは美男子で正義感が強く、誰にでもわかる簡潔な英語で気持ちを表現する文体を確立させた。健康な体を持ち、スポーツが好きで、特に狩猟、釣り、ボクシングを好んだ。健康な男だが、繊細な気持ちや頽廃感も理解する幅広い人間性を持っていた。

彼の人生観を決めてしまったのは第一次世界大戦の経験である。アメリカのある世代にとってベトナム戦争がそうであったように、彼のすべての問題意識は第一次世界大戦に始まり、第一次世界大戦に終わる。その後の第二次世界大戦も彼にとっては第一次世界大戦ほどのインパクトを持たない。彼が一番戦争というものを理解でき、それに影響を受ける10代後半に起こった戦争が第一次世界大戦だったからだ。アメリカにとっても、ヘミングウェーは1950年代以前の『古き良きアメリカ』を象徴する作家でもあった。

アメリカの映画を見ていると、1950年代以前と1970年以降では映画が全く違っているのに気づく。1950年以前の映画は『絵空事の学芸会』のようで、現代的なテーマとの共通性はない。しかし1970年代に作られた映画、たとえばゴッド・ファーザーとかディア・ハンターのような映画は今見ても、現代に繋がる何かがあり、そのテーマが古くなっていないことに驚かされる。その1950年と1970年の間に横たわる1960年代は、ケネディ大統領とキング牧師の暗殺、ベトナム戦争の悪化、ウオーター・ゲート事件があった。その後で、もはやアメリカは同じではなかったのだ。ヘミングウェーは1961年に自殺しているが、それは『古き良きアメリカ』の終焉を象徴しているように思われる。たとえ彼が生き続けたとしても、第一次世界大戦を知っているヘミングウェーがベトナム戦争によって深い影響を受けたとは思えない。

ヘミングウェーがこよなく愛した闘牛はスペインの国技であったが、牛を殺すということに対する動物愛護の反対派の影響もあり闘牛の人気は落ち始めた。1991年にカナリア諸島で初の「闘牛禁止法」が成立し、2010年7月には反マドリッドの気が高いカタルーニャ州で初の闘牛禁止法が成立、2011年にはカタルーニャ最後の闘牛興行を終えている。スペインの国民の75%は闘牛には興味がないと答えており、いまやスペイン人はサッカーに熱狂する。かつては、田舎をライオンや象を連れてまわり、動物を実際に見たことのない人々を喜ばせていたサーカスも、動物の愛護運動の反対で斜陽化し、2011年には英国最後となるサーカス象が正式に引退を迎え、新しい住処となるアフリカのサファリパークに移送されたということがニュースになった。スペインの国王ファン・カルロス一世は2012年、非公式で訪れていたボツワナで、ライオン狩りをしていたことが大きく報道され、国王自身が世界自然保護基金の名誉総裁の職にあったにも関わらず、動物のハンティングを行ったことについて世界的な批判を受けることとなり、その基金の名誉総裁を解任されるに至った。現在最も人気のあるスポーツはサッカーとか、バスケットボールとか、テニスとか、陸上競技であり、ボクシングや狩猟を趣味とする人間は減っているだろう。日はまた毎日同じように昇っているのだが、やはり時代は変わっているのである。

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