[映画] シリアの花嫁 The Syrian Bride (2004年)

『シリアの花嫁』はイスラエルが中心となり製作され、イスラエル人のエラン・リキルが脚本と監督を、パレスチナ人のスハ・アラフが脚本を担当し、俳優たちはパレスチナ系のイスラエル人を多用している。リキル監督は、イスラエル人としての視点から、国際的な映画聴衆を念頭に置いてこの映画を作っているように思われる。換言すれば、この映画はタイトルに『シリア』という言葉こそあれ、イスラエル人の想いを世界に伝えたいと思って作られた映画なのである。

この映画の舞台となっているのは、イスラエル、レバノン、ヨルダンおよびシリアの国境が接するゴラン高原の中のドゥルーズ派信徒の村である。イスラム教には大きく分けてシーア派とスンニー派の対立がある。スンニー派が多数派であり、シーア派の信者はイスラム教徒全体の10%から20%であると推定されている。シーア派はその発生以来、原則として多数派のスンニー派に対し少数派の立場にあり、多数派の攻撃から身を守るためシーア派の信徒は山岳地帯など外敵が容易に侵入できない地域に集団を形成することが多かった。シーア派が国内で多数派を維持している国はイランだけであるが、イラク、レバノン、イエメン、パキスタンなどでは比較的シーア派の信者が多いといわれている。時間の経緯と共にシーア派は更に細分化が進み、ドゥルーズ派はシーア派の一分派から更に分派したものだが、教義からみてシーア派とも異なることが多く、イスラム第三の宗派と呼ばれることもあるし、多くのイスラム教徒からドゥルーズ派はイスラムではないと言われることもある。

この地は政治的にも複雑である。1967年に起こった第三次中東戦争(六日戦争)はイスラエルとエジプト・シリア・ヨルダン・イラクの間に起こった戦争で、奇襲攻撃に成功したイスラエルは短期間のうちにヨルダン領のヨルダン川西岸地区、エジプト領のガザ地区とシナイ半島、シリア領のゴラン高原を占領して勝利した。ゴラン高原は1981年以降は民政化に置かれ、イスラエルはこの地のシリア人でイスラエル市民権を望む者には市民権を与えることになった。だが住民のシリアへの帰属意識が強いため、イスラエル市民権の申請をしない人々が多く、その結果彼らは無国籍となる。結婚などの理由でゴラン高原からシリアに出た人間は、一旦国境を越えると自動的にシリア国籍が確定するため、今度はイスラエル占領下にある自分の村へ帰れなくなるのである。国際世論はイスラエルのゴラン高原占拠を認めていないが、イスラエルはゴラン高原が戦略的に重要であり、またそこにあるガラリア湖が水源として貴重なのでゴラン高原を放棄しようとはしない。

六日戦争が急に起こりあっという間にイスラエルの勝利で集結してしまったので、ゴラン高原の住民の中には家族と離れ離れになってしまった者もいるだろう。この映画では、父ハメッドは親シリアの活動家であり、イスラエルの刑務所から仮釈放されたばかりという設定。三人いる息子の一人はシリア在住で、ゴラン高原に帰ることはできないので、話をしたい時は、軍事境界線をはさんだ「叫びの丘」と呼ばれる至近距離で拡声器を通じて家族と交信する。

ハメッドの長男はロシア留学中に知り合った女医と結婚したという理由で、村のドゥルーズ派の長老たちから宗教的に追放され、ハメッドからも勘当されている。長女はハメッドが選んだ男と結婚したが保守的なその夫から心が離れており、自立を求めてイスラエルの大学で学ぼうという意思を固めている。彼らの長女は親イスラエル派の家族の息子と恋仲である。次女は親戚で今シリアで人気のある俳優と結婚が決まり、シリアに出国の予定だが、一旦国境線を出てしまうと二度と家族のもとに戻ってこれないので、この結婚に迷いを感じている。次男は無国籍というパスポートを使用して、イタリアやフランスを飛び回ってビジネスをしている。次女やもう一人の息子と違い、交通の自由がある。長男も妹の結婚式のため一時ロシアから戻ってきたわけだから、交通の自由が認められているようだ。彼は結婚したので、ロシアのパスポートを持っているのかもしれないが、つまり一度国境を越えたら戻れないというのは、シリア国境に限られているようだ。

この映画は次女の結婚式が行われた一日の顛末を描く、劇中のテレビ報道では現アサド大統領の就任を伝えているので、物語は西暦2000年の出来事だということがわかる。映画の中でシリア人たちはアサド大統領の就任に興奮し、国民はアサド大統領は父や兄に比べたら、教育を受けた心の穏やかな人間だという期待を持って喜んだように描かれている。誰もその時点でアサド大統領が後に米国のメディアで「世界最悪の独裁者」ランキングの中の一人に選ばれるようになるとは思いもしなかっただろう。

この映画は家族愛をやるせなく描いた佳品である。しかしこの映画で一番印象に残ったのは、イスラエル人の映画に対する想いである。この映画ではイスラエルのゴラン高原占領の過去には全く触れず、現在のゴラン半島に住む人々の暖かい人間性を人種を超えて描く。登場するイスラエル人は善人でも悪人でもなく、自分の責任を淡々と果たす、ごく普通の等身大の人間である。国際世論で非難されることの多いイスラエルではあるが、そこに住むと決意した者にとっては、国際世論でイスラエルが肯定的に見られ、自分たちの支持が得られるように努力したいというのは悲願であろう。映画はそんなイスラエル人にとって、イスラエルの現状や自分たちの感情や考えを世界に伝える最善の媒体である。『戦場でワルツを』を製作したアリ・フォルマン監督も「イスラエルでは完全な表現の自由がある。何を言っても許されるのだ」と述べている。イスラエルの政府も映画人の活動を支援しているようだ。またユダヤ系のアメリカ人が多く活動しているハリウッドとの技術交流もあるだろう。イスラエルの映画活動は盛んであり、多くの秀作を生んでいる。何のかんの言っても、映画は国際的に非難されがちなイスラエル人が声をあげて自己主張でき影響を与えることができる数少ない機会なのである。

長女を演じた美貌の女優ヒアム・アッバスはイスラエル出身のパレスチナ人で、主にヨーロッパで活躍している。彼女はインタビューに答えて、「過去に何があったのかに執着しても何もうまれない。これからどうして生きていくかが大切なこと」とはっきり述べている。花嫁の父ハメッドを演じたパレスチナ人マクラム・J・クーリも思慮を重ねた結果イスラエル国籍を取得している。イスラエルは彼を尊敬し、クーリはイスラエルを代表する俳優として活躍している。イスラエルは自分を選んでくれた人に報いたいのである。

過去の歴史にこだわるのも一つの行き方であるが、前向きに中東の平和を考えるのもまた一つの行き方である。イスラエル国民は一人でも自分たちの立場を理解してくれる人が増えることを心から願っているのだろう。イスラエルの活発な映画界の背景にはそんな希望があると思う。

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